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大炊御門宗氏・自筆「源氏物語」近衛基熙・旧所蔵(断簡)を出品 | ||||
商品説明(来歴) | 大炊御門宗氏・自筆「源氏物語」は、第107代後陽成天皇の曾孫・近衛基熙の旧所蔵である。当方、先祖代々受け継がれ曽祖父蔵にて保管 古文書 書状。 | |||
漢詩文 | 原本自筆上部に「懸其所仕之車置諸廟(其仕ふる所の車を懸(か)けて諸(これ)を廟(城門)に置く)」という。原田道義著 歌川広重口絵『東京開化繁昌詩選』明治7年序 須原屋伊八刊 明治時代和本 漢文 漢詩 漢詩文。原文には、「かしこき帝の君も位を去りたまひぬるに、年ふかき身の冠(かふふり)を懸(か)けむ」と記されており、「白氏文集」の漢詩文からの引用である。入手困難 極美 古銭『小林会長古稀祝寿泉譜』日本貨幣協会 昭和37年 拓本 寛永通宝 元文稲荷小判金 古札 神聖ローマ帝国古銀貨 大福二神。 | |||
漢詩の落款の意味 | 原本上部の漢詩の落款は、「讃」と称されるもので、古来、掛軸の書画に第三者がお褒めの言葉を書き込むもので元々は自筆でした。1930年代中国 看板 幌子 招牌 検索:図譜 藝姐 廣告牌 支那 茶館 戯院 酒楼 青楼 武館 当舗 銭荘 書館 租界 銀号 煙館 書局 薬舗 老照片賭館。 「茶事」は、「ヨーロッパの晩餐会(ばんさんかい)」とも言われます。鍛冶精要・初篇/小澤国太郎/松井周助・小澤弁造校閲/明治21年/刀剣及冶工の名称・造刀及磨刀の法・包丁類焼入の法・鍛着法・鐵及鋼等の説明。茶道では「掛け軸は最高のごちそう」といわれております。藤原姓小幡氏譜 小幡氏系圖。 落款の「讃」の元になるその原文の個所には、 「懸其所仕之車置諸廟(其仕ふる所の車を懸(か)けて諸(これ)を廟(城門)に置く)」という漢詩文の落款が押捺されている。鼻山人(東里山人)『言語光沢合世鏡』(初編全3巻揃) 天保5年序刊 江戸時代和本 人情本 彩色木版画4丁入 浮世絵 錦絵。茶会の際に落款に記された由来を知った客が広くそのことを社会に広めたために結果的に、多くの茶会に開催される「最高のごちそう」として原文に関係する漢詩の落款を付したものです。皇国時報・96冊/神道雑誌/新内閣と祭政一致・靖国神社臨時祭・北支事変の局面開展と神社人の重大覚悟・皇道日本の主張・婦人と愛国運動。上の「拡大断層(MRI)写真」でわかる通り、極めて薄い和紙の上に墨の文字がくっきりと浮き上がるように「源氏物語」の文字が記されております。☆E0160和本明治5~7年千葉古記録「御布告留」4冊/木更津県埴生郡上永吉村(茂原市)/古書古文書/手書き。日本国内では医療用以外には見ることのできない書の「断層(MRI)写真」です。華厳遊心法界記。掛軸や屏風にすることが可能なように、「Removable Paste(再剥離用糊)」を使用しているため、自筆の書に影響をあたえずに、容易に「剥離」することができるような特殊な表装となっております。江戸和本『天台四教儀山簣』上中下全3冊揃 嘉永元年 慧澄和尚/著 多田氏蔵版 仏教 天台宗 (和書 古文書 唐本。本物を見分けるための欧米の進んだ分析・解析技術を見ることができます。以呂波の外仮名の本字 鱗形屋孫兵衛新板。額縁は新品です。狩猟図説 全◆農商務省/東京博文館/明治25年/猟犬/猟銃。数値解析は、文字の筆順に従いX、Y座標を読み、そのX、Y座標をコンピューターへ入力後、コンピューターによって多変量解析を行うものです。[絵本] 徳川十五代記 明治27年 印刷兼発行者:荒川藤兵エ★ko2.35。その後、「筆者識別(Handwriting Analysis)」と呼ばれる文字解析と並行し、奥書の「宗」の字の下の文字が判読できずにいた。当方、先祖代々受け継がれ曽祖父蔵にて保管 毛利 古文書 書状。宗氏は、正二位・内大臣まで昇進したのち、応永28年(1421)47歳で没している。吉田松陰『鴻鵠志』明治2年 河内屋吉兵衛刊 明治時代和本 鴻告志 漢文集 漢学。 4・近衛基熙(このえもとひろ)について 近衛基熙は、慶安元年(1648年)3月6日、近衛尚嗣(関白・左大臣)の長男として誕生。【古書】俳諧鴨東新誌 まとめて 明治期 俳句 不揃い 100号台 関連冊子付き 上田聴秋 近代俳句 京都俳談 資料 古文書 和書。幼名は多治丸。f240502017〇彩色木版画 広重 富士三十六景 相州三浦之海上 神奈川県三浦市 アダチ版画研究所 昭和50年〇和本古書古文書。以後、摂関家の当主として累進し、翌年明暦元年(1655年)従三位に上り公卿に列せられる。暢寄帖 三十六峰外史墨蹟 全3冊◆頼山陽、長門蔵版局、明治2年/u166。近衛基熙は、寛文5年(1665年)から晩年まで『基熈公記』で知られる日記を書いている | |||
HP | 近衛基熙・旧所蔵「源氏物語」自筆を出品いたしました。川越藩(前橋藩)前橋御陣屋絵図。 |
不昧公の正室・方子と娘・玉映の落款
閉じる「懸其所仕之車置諸廟」漢詩文の落款
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京都の公卿・大炊御門宗氏(おおいのみかど むねうじ)自筆「源氏物語」近衛基熙・旧所蔵
自筆「源氏物語」の「若菜(わかな)下」の巻は、禁裏(京都御所)において書かれたものです。青木永澄編『新刻仁風一覧 上巻』享保17年序刊 江戸時代和本 天災(享保の大飢饉)の寄附者一覧名簿 災害支援史。川尻宝岑序 一糸画『寛政秘録夢物語』明治18年 村杉吉作刊/永昌堂発兌 明治時代和本 浮世絵 錦絵。
したがって、出品した自筆「源氏物語」は、天皇の曽祖父の貴重な自筆です。大炊御門宗氏の長男・信宗の娘が大炊御門信子(のぶこ)であり、信子は後花園天皇の寵愛を受け准后として御所に居住し、皇子を生み後に第103代後土御門天皇として即位し、信子は生母・皇太后となる。辻聴花 1912年 京劇脚本 蘭花記 脚本 聽花散人著 梨淡菊幽深處 蔵版 辻武雄 非売品 古書 支那 中国 満州 大陸 戦前 風俗 文化。御江戸町名 文久三年補刻。
関白・近衛基熙(このえ もとひろ)は、後水尾院(第108代後水尾天皇)の皇女・常子内親王と結婚。二人の皇女・熙子(ひろこ)は、甲府藩主・徳川綱豊と結婚。和泉草 巻八 巻九 茶道 古文書 古書 和書。田川鳳朗編『続砺浪山集 続有磯海集』(全2冊揃)天保11年後跋刊 江戸時代和本 俳諧書 連歌 俳句 俳書 富山県郷土資料 松尾芭蕉関連書。近衛基熙は、千利休の孫・千宗旦との茶会の交流(下記に掲示)で知られると同時に、第111代・後西院天皇や後水尾天皇を主賓に迎え茶会を開催。茶会の際、基熙が所蔵する藤原定家・自筆の「定家色紙」を持参した記録がある。古文書 金剛童子法 仏教 密教 江戸時代 検)仏陀浄土真宗浄土宗真言宗空海親鸞法然神道 不動明王 古書和書古本写本 NR。江戸時代 貞亭二年 伊藤次郎兵衛刊行 慈海宋順 「聖無動尊大威怒王秘密陀羅尼経 金剛手菩薩説」お経 経本 古文書。(資料の記録は下記に掲示)
出品した「源氏物語」は、南北朝時代から室町時代前期の公卿であった「大炊御門宗氏(おおいのみかど むねうじ)」の自筆です。
自筆「源氏物語」の書の特徴から高松宮系統と称されるものです。太平記新釈 石田吉貞 著 大同館書店 大正15年 裸本。平戸松浦家編『梅沢荘賀寿詞集』昭和8年刊 献呈箋付(伯爵松浦厚)漢詩集 和本 和装活字本。このため後醍醐天皇の宸翰(しんかん・天皇自筆)にかなり近い年代に書かれていることがわかる。また、各巻ごとの書かれた年については不明。■『拍手喝采滑稽獨演説』痩々亭骨皮道人演説・和良井鋤太筆記。■墨蹟は小野道風も吃驚!。。f23122905〇佳人之奇遇 1~10巻 10冊 東海散士 柴四郎 博文堂 明治24年 会津の遺臣である東海散士佳人之奇遇〇和本古書古文書。また、落款から、後年、近衛基熙(1648~1722)の所蔵となり、時代が下って、松平不昧公の手にわたり、正室・方子の所蔵となったものである。近衛家で永く保存されておりましたので、保存状態は極めて良好です。★Z60和本明治27年(1894)古地図「新潟県中頸城郡根越村大字曽根田地図」1冊(21図)/上越市/古書古文書/手書き。完品 関野準一郎 木版画4枚入『絵入小説 天目山荘』限定160部 昭和30年 私家版。大炊御門北に邸宅があったため「大炊御門」を称する。初代、経実の子経宗は平治の乱で平清盛方の勝利に貢献。N23021111○熊谷県布達明治8年○本県利根郡湯檜曾村より新潟県魚沼郡清水村迄 清水越の開鑿落成 三国嶺通に比し里程短縮 熊谷県権令梶取素。邪宗門 北原白秋 日焼け強/HCZG。出品した「源氏物語」の筆者・大炊御門宗氏(おおいのみかど むねうじ)は、大炊御門家13代の当主で南北朝時代から室町時代前期の公卿。応永5年(1398年)に従三位となり公卿に列する。噎反胃論 袋附 月向太田主計先生著。j∞6 まとめて 江戸期 春秋外伝国語定本 一~六 六冊揃い 文政二年 和本 古書/B43。
旧・所蔵者の近衛基煕は、「源氏物語」に造詣が深く、「源氏物語」の注釈書『一簣抄』(いっきしょう)を著(あらわ)しております。炊御門宗氏・自筆「源氏物語」は、近衛基熙が研究のために収集し、のちに出雲松平家に伝わり、松平治郷の正室・方子が鑑賞していたものです。【明治銅版画】実説真田三代記 銅版絵本 鎌田在明 明治27年 14ページ 17×12cm☆和本 絵入 挿絵 唐本 B1yn。小金井純子『歌集 黒森 Schwarzwald 個性叢書第23篇』昭和48年 短歌新聞社刊 直筆献呈署名入(森於菟令夫人・森富貴宛)星新一従姉。数ある自筆「源氏物語」の中で、第一級品と称される貴重な自筆です。
出品した「源氏物語」は「若菜(わかな)下」の内容の要旨
『源氏物語』五十四帖の巻名のひとつ。東京名所 巻一・巻三 寫本 江戸名所圖會抜萃。J23010620〇新板塵劫記 上中下巻 3巻合本 吉田光由編 江戸前期 継子だて ねずみ算〇和本古書古文書。柏木は朱雀院(前朱雀天皇)皇女で源氏の君の正室に降嫁した女三の宮へのかなえられない恋に煩悶する。明治23年初版。東京京橋區銀座貳丁目・東京共隆社發行。汚本瑕疵有ります。。石井光雄・積翠先生華甲壽記念論纂/1942年/非売品/徳富蘇峰・川瀬一馬・石田茂作・長澤規矩也・辻善之助・宇井伯壽・鈴木大拙・神田喜一郎。冷泉天皇は在位十八年にして東宮に譲位し今上天皇として即位した。翌年、朱雀院(前朱雀天皇)と女三の宮との対面を企画し五十の賀宴が催されることになった。【T079】遠州流 生花 巖松齋法眼一鵰撰 四季之園 全四巻 木版本 版画。『敷島勝観』野上喜雄・明治34年・関西写真製版印刷合資会社・ 台湾・琉球・アイヌ・小樽・鉄道 明治期風景写真集。柏木は、女三の宮の姉・女二の宮を正室に迎えたが、女三の宮への未練を断ち切れずにいる。葵祭りの前日、柏木は源氏の君の不在時に小侍従の手引きにより女三の宮と逢瀬をした。当方、先祖代々受け継がれ曽祖父蔵にて保管 中津 古文書 書状。唐詩連材 明和5年 江戸時代 詩学 中国詩 古書和書古本 AA。(女三の宮の子がのちの薫の君)源氏の君、41歳から47歳までを描いている。
自筆上部の「懸其所仕之車置諸廟(其仕ふる所の車を懸(か)けて諸(これ)を廟(城門)に置く)」の漢詩の落款
漢詩は「白氏文集」の中の有名一節です。英吉利文典。存覚(光玄)『顕名鈔』(全2冊揃)延宝6年 丁子屋長兵衛刊 江戸時代和本 仏教書 仏書 鎌倉時代-南北朝時代の浄土真宗の僧。)
大炊御門宗氏・自筆「源氏物語」近衛基熙・旧蔵の来歴については下記「説明欄」に記載
《「源氏物語」若菜(わかな)下の巻》
「若菜・下」の巻は英文で「New Herbs Part Two」と表記されます。
《原本上部に「懸其所仕之車置諸廟(其仕ふる所の車を懸(か)けて諸(これ)を廟(城門)に置く)」という。歌舞伎音曲 芸娼妓事情 通人必携 全 漫著:花笠文京 明治17年 繪入自由出版社★Hi.43。歌川国政(梅堂小国政)『歴史叢画』明治25年 牧金之助刊 彩色木版画譜 明治時代和本 歴史画 浮世絵 錦絵。「若菜・下」では在位十八年の冷泉帝が譲位し、これにつれて太政大臣が致仕する。原文には、「かしこき帝の君も位を去りたまひぬるに、年ふかき身の冠(かふふり)を懸(か)けむ」と記されており、「白氏文集」の漢詩文からの引用である。賀茂季鷹著 源躬弦跋『正誤假名遣』天明8年跋 上総屋利兵衛版 江戸時代和本 歌人・国学者による仮名遣い一覧書。坂下門外の変 関係文書 犬養毅 鳩山一郎 古文書【24-0219-1】。)
「自筆原本」
自筆下の二つの印は、出雲・松江藩主・松平治郷の正室・方子・と娘の幾千姫(玉映)の落款。
自筆上部のタテ長の印は、「懸其所仕之車置諸廟(其仕ふる所の車を懸(か)けて
諸(これ)を廟(城門)に置く)」という漢詩文の落款。摂大乗論講読 上田義文 昭和56年 浄土真宗 仏教 検)親鸞本願寺仏陀空海浄土宗浄土真宗真言宗 戦前明治大正古書和書古本 NF。【入手不可 幻の品 秘伝書 巻物 直筆 流派創設に!】『清風流 秘書』一巻 明治32年1899年 水野竹流齋清風 竹流齋不々 生花 華道 未生流。》
自筆下部の印は出雲・松江藩主・松平治郷の正室「方子(よりこ)と娘・幾千姫(玉映)の落款(印譜)
自筆が「古切」とされたのは江戸時代。古切に至る詳細な経緯は下記「希少価値欄」に記載
(1)・自筆の「原文の読み下し文」は次の通りです。幕府領甲府代官所竹日向村古文書●明治5年頃 教諭談抜書 善立寺物 長原大乗 46丁 山梨郡竹日向村 現在の甲府市 240603 古文書。北斎漫画? 風俗 風景名所ほか 絵手本 江戸 浮世絵 0112V1G。》
《かほ(顏)をみ(見)つゝ、》・・・のたまへは、いよいよ、
らうたけに鳴くを、ふところに入れて、なかめ居給へり。
御達なとは、あやしく、にはかなる猫の、時めくかな」
「かやうなる物、見入れ給はぬ御心に」
と、とかめけり。王羲之 拓本 複製 大正元年 真草千字文 小林写真製版所 楊守敬 内藤湖南跋 小川為次郎 1217T1G。宮島大八編 滄浪森茂(森滄浪)著『滄浪集』昭和10年 井坂秀雄刊 上海東亞同文書院や満洲鉄道につとめた漢詩人の漢詩文集 和装活字本 和本。
左大將殿の北の方は、大殿の君たちよりも、
右大將の君をは、なほ、昔のまゝに、疎からす思ひきこえ給へり。
心はへのかとかとしく、け近くおはする君にて、對面し給ふ時々、
こまやかに、へた(隔)てたるけしき(氣色)なく、
もてなしたま(給)へれは、大將も、
志けいさ(淑景舍)なとの、うとうと・・・・《しく、》
(文責・出品者)
「原文の読み下し文」は、読みやすいように「通行訳」としております。小林善八(小林鶯里)『小説豊臣秀吉』昭和11年 大京堂書店刊 初版本。当方、先祖より代々受け継がれ曽祖父蔵にて保管 小笠原 小笠掛之書 古文書。
《「源氏物語」若菜(わかな)下の巻》
《柏木・東宮(皇太子)に頼み込んで女三の宮が大切にしている猫を預かる》
《(柏木)「やるせなくも自分の恋い慕うあの方の形見と思って飼いならしていると、
おまえはまあ、どういうつもりでこうした鳴き方をするのだろう。
わたしの気持がよく分るのだろうか。生花古流百記 上下/ 和服裁縫全集 / 相馬日記 かなり古いもの全て 古書セット アンティーク。古い紙物 希少 日本流射術傳言添状・其の他 玉虫俊次郎 検索用語→Aレター明治江戸古文書資料巻物古書日本流曲全弓射術朱印状。
すると、猫はいよいよかわいらしく鳴くので、衛門督(柏木)は、
ご自分の懐(ふところ)の中に抱き入れて虚(うつ)けたようになっていらっしゃる。
年配の女房などは、
(女房)「妙なこと、急に猫をおかわいがりになるとは。戦前資料 欧州戦争と各国の臨時措置 第1輯 昭和14年 大阪商工会議所 BD03。C1/桃垣葉 上下 和綴本。東宮(皇太子)から宮(女三の宮)の愛猫を返すように
ご催促があってもお返し申さず、独り占めにしてこの猫を相手にしていらっしゃる。
〔五・玉鬘の姫君・髭黒大将・式部卿の宮の動静〕
左大将殿(髭黒大将)の北の方(玉鬘)は、太政大臣の君達(柏木と弟)よりも、
義理の御弟の右大将の君(夕霧)のほうを、やはり昔と変らずに親しくお思い申しておられる。f240502009〇彩色木版画 広重 富士三十六景 雑司かや不二見茶や 東京都豊島区雑司が谷 アダチ版画研究所 昭和50年〇和本古書古文書。(2)珍品古書和本「単騎要略」全5冊揃 武具 鎧 甲冑 着用 方法ほか絵入 村井昌弘 江戸期 木版画 虫損あります。武士の必需品?。大野直輔編『経済新話』(全2冊揃)明治9年大野氏蔵版(大阪府)明治時代和本 造幣局長による経済学書 藤沢市長大野守衛の父 原田直茂旧蔵。
禁裏(京都御所)で書かれたものです。
《若菜・下》
他望着猫的它,那猫叫得更昵了。柏木便把它抱在里,
茫然若失地耽入思。蕪村筆 三十六歌仙。岡本韋庵編『義勇芳軌』(全2冊揃)明治18年岡本監輔刊(小石川小日向) 中国・日本の義勇 明治時代和本。”
皇太子要把猫回,但他只管不,一直把它在家里,当作伴。
且左大将髭黑的夫人玉鬘,于太政大臣家公子,
即的母兄弟柏木等,不甚近,而于右大将夕,反而近,
同从前住在六条院一。隆寛『浄土安心 捨子問答』(全2冊揃)貞享2年福森兵左衛門刊 江戸時代和本 仏教書 仏書 浄土宗 鎌倉時代-室町時代頃成立。日支事変美談と帝国の攻防・輝く皇国の精華/昭和9年/昭和日支事變に關聯せる出征將士並に銃後の美談を蒐集し之を記念し永遠に傳へる。
次和夕面,是招待,毫无疏之色。
夕也得母妹淑景舍女御 不易接近,
度分冷淡,反不如玉鬘之和可。矢橋赤山・矢橋赤水著 大野鉄之助編『赤山遺稿・赤水遺稿』(全2冊揃)昭和10年 矢橋龍吉刊(岐阜県不破郡)岐阜県・美濃赤坂郷土史料。フリードリヒ・フォン・シラー原著 葦田束雄『字血句涙 回天之弦声』(全2冊揃)明治20年鎗田政治郎刊 明治時代和本 ドイツ文学翻案書。
左下の四角の大きな印は仙台・伊達家の家紋の印(竹に雀)
家紋の上2つの印は仙台藩主第五代藩主・伊達吉村の正室(冬姫)の印。冬姫は内大臣・通誠の養女。レZ632イ★尺木堂綱鑑易知録 全92巻48冊 + 明鑑易知録 全15巻7冊 揃 和本/漢籍/唐本。高岡辰子(高岡智照)著 小村雪岱装丁『照葉懴悔』昭和3年 騒人社書局刊 函付初版本 新橋芸妓/舞妓の随筆集 花街 花柳界 遊郭。正式な名は伊達貞子。2つとも貞子の印。日本書道名家 揃い 和本 古書 古文書 書道 印 落款 書道家。【希少】優秀犬作出の理論と実際 陸軍大佐 今田荘一 日本犬 日本ドツグ社 昭和8年【ta04b】。
左上端の細長い落款は、「懸其所仕之車置諸廟(其仕ふる所の車を懸(か)けて諸(これ)を廟(城門)に置く)」の漢詩文の印。漢詩文の右の2つの印のうち、下は出雲藩主・松平治郷(不昧公)の正室・方子(よりこ)の印。庭川庄左衛門序『将棋袖珍手段』宝暦13年序刊 江戸時代の将棋書 江戸時代和本。紀成常喜著『平安遷都紀念祭第四回勧業大博覧会 聯合計画予定大略』明治26年石黒劔次郎刊(京都市)。右上の印は仙台藩医・木村寿禎の落款。右端の写真上は仙台藩主(伊達家)正室一覧表の表紙。修養秘訣 精神強化療法 昭和14年発行。尾崎行雄『英国議院政治論 至尊 一名王室篇』明治16年 自由出版会社刊 明治時代政治論 国政論。
(出品した自筆の「断層画像写真」(若菜・下の巻)MRI 35―5B
自筆下二つの印は、出雲・松江藩主・松平治郷の正室・方子(よりこ)と娘・幾千姫(玉映)の落款
「近衛基熙の肖像」「後西院天皇主賓の茶会の記録」
1番上の写真は、第103代後土御門天皇と曽祖父・大炊御門宗氏の系図(公家事典303頁)
2番目の写真は「額縁裏面」に表記されるラベル。都名所画譜 明治27年発行 青木嵩山堂 上下2冊 応挙・景文・呉春・楳嶺他63図。f#6 特装本 戦前書籍 鮭鱒聚苑 松下高・高山謙治/著 昭和17年 水産社 1500部限定 当時物 /M04。近衛基熙は、「源氏物語」に造詣が深く、「源氏物語」の注釈書『一簣抄』(いっきしょう)を書いてある。出品した大炊御門宗氏・自筆「源氏物語」は、近衛基熙が研究のために収集し、のちに近衛家から出雲松江藩主・松平治郷(不昧公)の正室・方子(よりこ)に伝わり、方子の生家である仙台藩から同藩の藩医・木村寿禎に伝来していたものである。茶之湯故實奥儀鈔巻四・茶之湯故實奥儀鈔巻五・2冊/元禄十一年/和本・貴重茶道史料。近江彦根藩領出流原村古文書●文久3年 人相書写・御触書 新徴隊関係 1+8通 下野安蘇郡 現在の栃木県佐野市 240504 102。これは、中国の皇帝が譲位した場合、高位の高官も職を致仕(退官)するという「白氏文集」の漢詩文に由来するものです。「若菜・下」では在位十八年の冷泉帝が譲位し、これにつれて太政大臣が致仕する。f24020805〇文の文庫 書淫欄主人序編 艶書 艶本 江戸末期〇和本古書古文書。写本/去風流活花/「活花新活」/永埜某述/寛政4年筆写/岐阜高山:宇野氏所持本。紫式部は「若菜・下の巻」を書くに際し、漢詩を熟読したうえで原文を書いていることがわかります。また、原文中の上部に「篆書(てんしょ)体」の落款を入れたのは、仙台藩の藩主の正室・仙台藩主第五代藩主・伊達吉村の正室(冬姫)、通称伊達貞子か出雲・松江藩主・松平治郷の正室・方子(よりこ)と娘・幾千姫(玉映)のいずれかと推定されております。絵図 (城郭図) 島根県 石見國 浜田城 濱田城 (レターパックライト発送)。大平素弓『書画』マクリ〔紙本肉筆真作〕/ 弓道家 大日本弓道舘 館長 /弓的図 扁額用・額装用まくり / 武道家 書画。貴族から始まり藩主、あるいは高名な茶人や僧侶が書かれて、それが茶会の「掛軸」に装丁されて披露されておりました。 特に出雲・松江藩などの茶道の盛んな大名家の所蔵する自筆などに「讃」が付され、後に自筆に代わり、石刻による「漢詩」の篆書が「讃」として用いられました。▼ 【計5冊揃 定本墨場必携集成 全巻セット 雄山閣 北川博邦 昭和62】182-02403。【古書】曹洞宗通信講座1~13 13冊 昭和二十五年 二十六年 教学研究所 20240412B07。晩餐会では、「ワインを楽しむために行われる」ところも似ています。とりわけ、茶室に入って行うことは、床の間の「掛け軸」(かけじく)を拝見(はいけん)することです。絵本直指○ 一・ニの巻。『両点講釈大全商売往来 全』文久元年 玉養堂若林喜兵衛刊 江戸時代和本 往来物 浮世絵師絵入本。とりわけ、漢詩の落款は、ただ、古典の漢詩を入れればいいという単純なものではなく、たとえば、「源氏物語」の場合、原本の中に込められている紫式部が考えた知識を読み解くことにあります。「讃」の中に有名な白楽天の漢詩を単純に落款として入れたのではなく、紫式部が原本の中に白楽天の漢詩を読み込んでいることを知ったうえで漢詩を選んでおります。威震快聲・剣舞博士/故榊原健吉先生門人・講武館・山田次郎吉編纂/明治30年/鹿島直心影流独特の剣風を以て明治大正の剣道界に異彩を放つ。当方、先祖代々受け継がれ曽祖父蔵にて保管 犬甘 甲冑之部 鎧着 古文書。この漢詩は「白氏文集」の漢詩に由来するものです。
つまり、原文の内容に関する漢詩の落款を押捺しているのは、茶会における床の間の「掛け軸」(かけじく)を拝見(はいけん)の際に、茶会を主催する亭主が、客に「最高のごちそう」を振る舞うために披露したものです。滝口雅子 自筆書簡7通(真筆保証品)岸田泰政宛 1957-67年 ロシア宛エアメール。兒島高德事蹟私考・児島高徳/尾形惣三郎/昭和3年/元弘の乱に後醍醐天皇に応じて挙兵・天皇が隠岐国へ流される時途中で天皇を迎えようとした。「落款」の漢詩の由来を待合において説明する際に、長い時間を要し、茶会における貴重な時間であったと推定されております。
出品している書の「断層(MRI)写真」の原板は、レントゲン写真と同じ新聞の半分ほどの大きさのフィルムです。肉眼では見ることのできない和紙の繊維の一本一本のミクロの世界を見ることができます。新井藤次郎・近藤清太郎編『古今模様鑑』(全2冊揃)明治15-18年刊 銅版画譜 図案集 明治時代和本。当方、先祖より代々受け継がれ曽祖父蔵にて保管 古文書 書状。
古切の書は、一旦表装を剥離し分析と鑑定検査のために「断層(MRI)写真撮影」をしております。撮影後、展示のために再表装をしております。伊良子光信編 中川重麗校『金石図解 全』明治15年 村上勘兵衛刊 明治時代和本 銅版画口絵入 鉱石・鉱物類を図版入りで紹介。本山彦一旧蔵書 中井竹山著 渋井考徳撰 細井平洲評『西上記 完』嘉永6年刻成 和泉屋吉兵衛刊 江戸時代和本 漢文紀行集 漢文集 紀行文集。
国内における鑑定人は、自筆の筆者を識別するために、個々の文字ごとに字画線の交叉する位置や角度や位置など、組み合わせられた字画線間に見られる関係性によって、個人癖の特徴を見出して識別する方法、また個々の文字における、画線の長辺、湾曲度、直線性や断続の状態、点画の形態などに見られる筆跡の特徴によって識別する方法、そして、書の勢い、速さ、力加減、滑らかさ、などの筆勢によって識別する方法が一般的な手法です。
一方、欧米では一般的には、「筆者識別(Handwriting Analysis)」と呼ばれる文字解析をコンピューターの数値によって解析しております。里見八犬伝。福澤諭吉著『清英交際始末』(全2冊揃)明治2年 尚古堂刊 阿片戦争後のイギリスと中国の外交関係を記す 明治時代和本 福沢諭吉。解析の基準となるのが「ドーバート基準」で、アメリカでは日本国内の画像データを自動的に収集、自筆の分析に際し、数値データをコンピューターで自動的に解析し「極似」した画像データによって筆者を識別する研究が進んでおります。
2・大炊御門宗氏(おおいのみかど むねうじ)の自筆の特定について
自筆の筆者は、書体、書風から京都の公卿によって書かれたものであるはわかっていたが、昭和38年以来、筆者名は特定されていなかった。正戸茂『経営心理学 応用篇 勤労意欲・モラール管理』昭和29年 丸善発売/広島工業経営学会刊 経営理論書。中将姫蓮蔓荼羅 野村銀次郎 銀花堂 1886年 62p 挿絵入り☆浄土教 当麻曼荼羅を織った尼僧 伝説逸話 仏教 明治戯作読本ボール紙 B23yn。それが、技術の進歩により「宗」の下の文字が「氏」と判読された結果、南北朝時代から室町時代前期の公卿であった「大炊御門宗氏(おおいのみかど むねうじ)」であることが判明した。
「源氏物語」には、応永五年(1398)~応永十三年(1406)までの複数の年号の記載があることから、大炊御門宗氏が23歳から31歳までの間に書かれたものと推定されている。希少 万国船舶信号書 上中下巻セット 明治30年 海洋工学 航海 造船 モールス信号 戦艦 戦前 明治大正 古書和書古本 P。代議政体論覆義 スペンサー 宮城政明訳 明治26年 戦前 昭和明治大正 古書和書古本 政治。
3・自筆「源氏物語」の旧・所蔵者の特定の経緯について
近衛基熙の旧・所蔵の特定は、「花押」の写真照合技術によるものです。アメリカのコンピューターを用い、「筆者識別(Handwriting Analysis)」と呼ばれる文字解析を、花押の照合に応用し、指紋の照合方法と同じ手法により99.9パーセントの確率で特定に至ったものです。明治期 紋様書 鳴海賀太 検索⇒図案 香盒 設計 木版摺 支那 文様 古玉 武器 兵器 軍服 古建築 彫文 小田切春江 浮世絵 絵本 話本 武士 絵図。1918年 支那 漫遊記 租界 生写真 革命党 満洲 総督府 張作霖 古建築 軍閥 督軍 中華民国大総統 段祺瑞 馮国璋 曹汝林 肅親王 梁啓超 大清国。母は後水尾天皇皇女女二宮。実母は近衛家女房(瑤林院)。1911年 書画鑑定大日本名家全書 印譜 花押 検索:法書道 封泥 篆刻 金石鼓文 篆字 落款 羅振玉 支那 呉昌碩 朱印存 斉白石 張大千 黄易 雅印。雅俗通用 永代用文章 天保6年 江戸期 江戸時代 古書和書古本 AA。父、尚嗣が早世し、尚嗣と正室女二宮の間には男子がなかったため、後水尾上皇の命により、近衛家の外にあった基熙が迎えられて上皇の保護下で育てられた。承応3年(1654年)12月に元服して正五位下に叙せられ、左近衛権少将となる。当方、先祖代々受け継がれ曽祖父蔵にて保管 要門車懸 小嶋紋左衛門景福 内藤入道 貞龍 古文書 書状。【和本】韻鏡 韻鏡索隠 中国 音韻学関連 和本 3冊セット 寛文3年 長尾平兵衛 和本 唐本 太田子規 古文書 江戸時代 版本 中国 1はy。明暦2年(1656年)に権中納言、万治元年(1658年)に権大納言となり、寛文4年(1664年)11月23日には後水尾上皇の皇女常子内親王を正室に賜った。寛文5年(1665年)6月、18歳で内大臣に任じられ、寛文11年(1671年)には右大臣、さらに延宝5年(1677年)に左大臣へ進み、長い時を経て元禄3年(1690年)1月に関白に昇進した。本物! 十返舎一九●続膝栗毛 六編上・下。[絵本] 白井權八一代話 上之巻・中之巻・下之巻 3冊 大西庄之助編★ko2.34。出品以外の所蔵品を紹介した出品者のホームページ「源氏物語の世界」をご覧ください。
ツイッター「源氏物語の世界」も合わせてご覧ください。下野國田沼山城守切腹之事 田沼實秘録 旗本/佐野善左衛門切腹之事 田沼意知殿中殺傷事件の末
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